« 餅は餅屋--新潟戦 | トップページ | 週末燃えるために »

2006年11月25日 (土)

復活の日に去り行く

三澤選手@筑波大学、復帰おめでとう。



いくらノー残業デーでも17:40キックオフには間に合わない。
でも会議もそこそこに駒沢へ向かい迷いながら後半15分過ぎに到着しました。


筑波側に座った直後「ドリブル、みさわー」の応援歌が。
え!? 三澤君出てるの? ひたちなかでもベンチ外だったのだからそりゃ驚く。
照明が暗いので双眼鏡でチェック。
膝をテーピングでぐるぐる巻きにして走る10番三澤君の姿がありました。
うぉー、これは嬉しいー。リーグ最終戦に復帰するとは。
どうやら後半追いつかれ三澤君投入になった模様でした。
GWのフクアリ以来久しぶりのプレーは、パス精度こそ本調子でないかも
しれないけど、切り返しやドリブルの仕方などはさすが。
残り20分は三澤ウォッチャーに専念しました。


お目当て野本君はベンチにもいない。怪我なのか戦術的なことかわからず。
麻生君は久しぶりの?スタメンも私が着いた直後交代してしまいました。


筑波が打てども打てども入らず、結局1-1で終了。
終了後三澤君は順大福士君と笑顔で挨拶。学年は違うけど同じ東北人同士、
面識あるのでしょうね。スタッフとも笑顔で語っていました。


インカレ出場がないため、筑波はこれが今年の公式戦最後(のはず)。
最後に三澤君が復帰し、来期に希望が持てますね。
そういえば、船山君も昨年同じ時期に負傷&復帰を経て、今年の活躍がある
わけですね。同じ10番同士、三澤君も後に続くのが何だか感慨深い。




そして。

筑波エース復帰その日に、筑波の大先輩三浦文丈選手、引退発表報道が。


先日のサテ戦では、普通に走り充分戦力として通用していたので、まさか
あれがプレーする姿の見収めになってしまったとは思いも寄らず。
文丈選手、選手生活お疲れ様でした。


文丈といえば、マリノス時代のFW・二列目のスピードあるプレーがまず思い
出されるところでしょうけど、私としては、99年磐田選手としてCSでの働き、
そして2001年FC東京へ移籍してからの方が印象に強いです。


内藤先生・ロペスらがいなくなった後も彼は東京に残り、ヒロミ監督就任後は
若いチームを精神的に支えてきたようでした。
2002年に小平へ何度か通った時には、常にフレンドリーにサイン他ファン
交流をしていた姿が印象に残っています。
(当時の東京の選手は、加地君・ユッキー・下平はじめ皆そうだった)
端から見ていても、穏やかで笑顔の似合う人でした。


ヒロミ初陣では見事に某赤チーム(って鹿島だよ)(^^;)を撃沈。
第二戦の浦和戦で自爆して膝をやってしまったのは本当に気の毒でした。
相馬と症状がよく似ていたので、相馬、教えてやってよーと思ったものでした。
ヒロミ勇退挨拶の時に泣いていたというエピソードはこちらまで泣けてきます。


そして今年3月の夢の島では、試合終了後ファンと普通に語り合う東京仕様の
ファンサを自ら敢行。
つられて、鹿島選手達も長めにサインしてました。
#平山の教育係は誰が引き継ぐのかなあ?(笑)。


とにかく、お疲れ様でした。彼なら良い指導者になれるかと思います。


さあ、盟友(一つ年下だけど)藤田俊哉は何を思う?
そして、後輩大岩は来年も鹿島にいてくれるよねと確認したくなる。
筑波の試合を見たからこそ、こんな連想が浮かんできます。
さて、同級生秋田はどうするのかな?
いや、彼の場合は間違いなく来年もプレーしているはずだから心配不要・・・と
勝手に安心してるのですが。



妹には
「26日の味スタで、文丈挨拶の時はちゃんと拍手するように」
と言っときました(笑)。

|

« 餅は餅屋--新潟戦 | トップページ | 週末燃えるために »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90395/12813603

この記事へのトラックバック一覧です: 復活の日に去り行く:

« 餅は餅屋--新潟戦 | トップページ | 週末燃えるために »