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2006年11月28日 (火)

週末燃えるために

一昨日のフロンタ戦で残念ながら鹿島の連勝はストップしました。
しかも、不可解と言われる田代退場で、最終節彼は出場できません。


実は、一昨日等々力に行っていないので、フロンタ戦の様々な状況はネットで
しか知り得ていません。
試合内容も田代の件も、明日のスカパー録画を見てからでないとあれこれ
言うことはできないです。
見ていないものは話題にしてはいけないと自重していますので・・・。



ただ、チームはこの結果に悪い意味でひきられず、磐田戦では腐ってもクラシコ
の戦いを見せてくれることを願っています。
やはり、磐田には負けたくない。
レッズとは違う特別な思いが磐田にはあります。
ある時期ともに戦った好敵手、こっちも頑張るからそっちも頑張れよみたいな。
---なあんて、福西・服部の顔を見たら暴言吐くのは目に見えてますが(^^;)。



鬼木が終了後鹿島ゴール裏にも挨拶に来てくれたことは友人から知りました。
鹿島と川崎の2チームのみ在籍した彼だからこそ引退発表を鹿島戦でしてくれた
のだと思います。嬉しい話です・・・。

鬼木といえば、99年1ST磐田戦@国立での右SBの雄姿が忘れられません。
その頃はまだまともな解説をしていた松木氏(爆)が
「鬼木ー、素晴らしいですよーー!」
と何度も声を張り上げてましたっけ(ナラは確か負傷していた)。
このままナラと右SBを競ったらと思っていたけど、本職はボランチ。
当時は本田・阿部ちゃんがいて、夏にはクマ復帰、中田の台頭もありベンチ
入りも厳しいまま、フロンタへ二度目の移籍、そのまま現在に至る。
怪我に泣かされ別メニューが長く長く続く。
何度か見に行った等々力でも、ほとんど出場していなかったのでした。



こうした状態で引退は心残りでしょうけど、消化不良の思いを新しい道で
ぜひともぶつけて活躍してほしいと思います。
スタジアムには本田が来ていたようで、挨拶終了後選手通路で本田が出迎え
たそうです。
最後の最後に親分にそうしてもらい鬼木も嬉しかったことでしょう。


そういえば、フロンタ戦当日はナラのお誕生日だったのですね。
等々力には来ていたのでしょうか?(昔オニとじゃれあってた姿が懐かしい)
2000年11月26日、2ST最終柏戦で優勝決定後、頭に卵を割られてカリメロ姿で
インタビューに答えていたのを思い出します。
あの頃はナラも可愛かったよ(笑)。
---、いかんいかん、どうもこの時期、どうも感傷的になってしまいます。



友人にダビングをお願いして、昨年のトヨタワールドカップ決勝戦前半45分を
昨晩見てみました(来年加入噂のダ・ニーロとファボンのチェックですね)
(昨年のテレビでの印象ではゴールしたミネイロとアモローゾしか覚えてなく)


ダニーロの印象は、---- 本山・満男と同い年には見えない(笑)。
プレーは、何と言うかバランス取れているのかな。
動けて捌けてコンビもよくてと、さすがだとは思いました。
「南米のジダン」かどうかは45分間ではよくわからなかった。
後は、Jのスピードに慣れるかどうかだと思います。
ぼろくそに言われ続けたファビオがここへきてフィットしました。
若いから半年弱で慣れたのだと思う。
かといって、ファビオ残留かというと、これまた微妙かなー。
最後に見られるようになった99年のリカルドを彷彿とさせるんですよね。



で、ファボンは、とにかくでかい。
壁になっていたけど、モリエンテスに競り負けたシーンもあったかな。
得点力はあるそうですね。
ひょろひょろと前にも上がっていたので、ボランチもどうかと勝手に妄想。
(それならやっぱりミネイロかなあ)
確か後半は、オフサイドを取り捲った記憶があるのだけど、ファボンがライン
コントロールをしたかどうかは不明です。
まあ、決勝はリバプールに押された試合で普通の戦い方ではなかったので、
後半・準決勝も後日見てみよう。

#なんだか、タイトルと内容が全然あってないんですけど(笑)。

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コメント

>鹿島と川崎の2チームのみ在籍した彼だからこそ引退発表を鹿島戦でしてくれたのだと思います。

違います。川崎が今季等々力最終戦だったので鬼木を含む3選手の引退セレモニーがありました。
たまたま等々力最終戦が対鹿島戦だっただけです。

投稿: Guesswork | 2006年11月28日 (火) 15時05分

Guessworkさん、はじめまして。
書き込みどうもありがとうございます。
まあ確かにご指摘の通り、今野・長橋両選手と一緒の引退セレモニーが
たまたまホーム最終戦の鹿島戦になったのでしょう。
ただ、知合いの話によると鹿島ゴール裏で鬼木は
「引退するときはアントラーズ戦と決めていた」
などと言っていたと聞いたのでそんな風に書いたのでした。
私が見聞きしたことではないのでこの件はこれ以上はやめておきます。

キンちゃん・ヤスもJ2時代から何度か見ており馴染みある選手でした。
特に、キンちゃんは技巧派かつ縦横無尽に動けるのが持ち味でしたね
(その系譜を継ぐのは憲剛課と思うのですが・・・)。
昨年かな、大船渡高校後輩の満男が試合終了後にこにこしてキンちゃんに
挨拶していたのを思い出します。

投稿: ケロマキ | 2006年11月28日 (火) 22時06分

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